発達障害は診断してもらったほうがいいか? -診断してもらうことで自分に言い訳することになるならない?-2

今回の記事はこちらの続きです→発達障害は診断してもらったほうがいいか? -診断してもらうことで自分に言い訳することになるならない?-1

発達障害を診断する、しないは個人の自由です。

診断しないほうがいい場合もあるかもしれませんが、私は診断しないことで出てくるデメリットを以下のに考え、診断することにしました。

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リハビリの現場を見て知った傷害受容の大切さ

私は以前、リハビリ施設でアルバイトをしていました。

病気や大けがをして、今までどおりの生活ができなくなった人をたくさん見てきました。

自分の今までどおりの生活ができなくなった方は大変ショックを受けられます。当然です。簡単にできたことがいきなりできなくなるのですから。たとえば、歩くことだったり、ご飯を食べることだったり、、、

リハビリで運動し、少しでも動けるようにする必要があります。

ですがその時、自分の状況を認められるか、認められないか、で、リハビリの取り組みに大きな差が出てくることを知りました。障害を認めていくことを傷害受容と言います。

すごく嫌なことがあった場合、誰しも現実逃避をして、原因から目をそらすと思います。現実逃避はつらい現実から自分の心を守るために必要なことではあるのですが、度が過ぎると生活に支障が出がちです。

それと同じで、障害受容がなかなかうまくいかないと、自分の体の状況をなかなか受け入れられず、リハビリにも支障が出てきてしまうことがあるようです。

障害を受け入れることで、ではどうしていこうか、と新しい道を考えていけるようになります。とはいえ、傷害受容に関しては、なかなか複雑で、簡単に受容できるものではなく、何年もかけて少しずつ受容してったりなどあるのですが、ここではまず、完全拒否ではなく、少しでも認められた場合のことを指していきます。

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発達障害も障害受容が重要なのでは…

上記のことと、「自分の障害」を認めるか認めないかは同じことだと思ったのです。

自分がADHDであることを認めない、拒否することはその次の段階である、どうその障害と向き合っていくがが考えられない、早い話が「逃げ」だと思ったのです。

障害であることを認めることで、さらにステップアップしてできることを増やしていけるのではないか、そう思に私は診断を受けました。

発達障害の診断は「逃げ」ではないのでは

一部では、発達障害の診断を受けることを、「逃げ」「甘え」ととらえられることがあります。

前回書いたように「そのくらいのミスはみんなあるんだ。お前だけが大変なわけじゃないんだから甘えるな」、という考えです。

日本は「逃げ」や「甘え」という言葉に過敏な気がします。

しかし一番大事なのは、その人が、より社会で活躍できる方法をとることではないでしょうか。「逃げ」「甘え」をある程度明確にするならできないことを言い訳にして現実逃避している、ことが逃げ、、でしょうか。

とはいえ実際、本当は障害ではないのに「自分はADHDだからできない」とADHDのせいにしている人も多くなってきていると聞きます。

本当にADHDの場合は、仕事をしていても明らかに他人と自分が違うことに、自他共にはっきり気がつくはずです。

私の例では、アルバイトではたくさんの機材を壊してしまいました。もちろんわざとではないのですが、卓上電子量りを10個ほどは落として壊しています。学生時代は毎日改札の前で定期券が見つからず、バッグをごそごそしていました。

たんなる天然、ではなく度を越したミス、が特徴と思います。

いずれにせよ、診断には専門家が十分な情報をもとに、判断するので自己判断のみは危ういと思います。

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